マイケル・ジャクソンの思想

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立命館大教授・加地伸行「9月入学前に自衛隊入隊」論について

加地教授の記事には呆れた。文章が支離滅裂である。台湾が熱くて、その上、大学受験に父母がカンカンになってついてくる話と、「ギャップターム」の自衛隊入隊の話に、何の関係があろうか。そして急に、

「国立大学の教員・学生は、いったいだれのお蔭(かげ)で研究・教育の場を与えられているのか、分かっているのか。もちろん国民の血税のお蔭ではないか。とすればまずは国家に感謝し国家のために尽くすべきである。」

と居丈高になるが、加地教授ご自身が国立大学出身で、97年まで阪大の教授だったではないか。いったいだれのおかげで退官まで楽しくやっておられたのか、分かっているの?!とお伺いしたい。

それ以上に、ギャップタームの半年間、足手まといにしかならない受験疲れの若者の大群が、それもいやいや、自衛隊におしかけて世話になり、それで国家のために尽くすことになる、という屁理屈の意味がわからない。どう見ても、その半年間、自衛隊の戦闘力は落ちるであろう。加地教授は、現代の戦争がどういうものか、考えてみたことがないようである。

もっとわからないのは、そうやって学生をむりやり、自衛隊に押し込めると、「国立大学の教員」が愛国心を発揮したことになる、というウルトラ屁理屈である。なぜ私が学生を自衛隊にスポーツ合宿がわりに半年無理やり行かせ、自衛隊の戦闘力を奪ったら、愛国心を発揮したことになるのだろうか。教えて欲しい。

また、

「外国からの攻撃を受けず、平穏に研究・教育を続けられているのは、自衛隊のお蔭である。」

と根拠なく断言するが、本当にそうか。

「外国への攻撃はしない」という態度を、憲法にまで書いて内外に明らかにし、六十年以上にわたって、軍事力によって誰一人も殺害していないという日本の国家戦略もまた、国防に貢献していることは、明らかであろう。膨大な経済的社会的文化的関係を多くの国々と取り結んでいることも戦争を防ぐ上で大きな貢献をなしている。優れた芸術家や音楽家や経済人や学者が、国際的に活躍して、多くの国々で尊敬を得ていることもまた、戦争を防ぐ上で影響がある。それ以上に、日本の漫画や芸能人やスポーツ選手が、国外で多くのファンを得ていることの国防上の価値ははかりしれない。中国で活躍する福原愛選手が、どれほど中国人に愛されており、それが日本への敵愾心の緩和にどれほど貢献しているか、合理的に計算してみてはどうか。あるいは、若くして病死した元AV女優飯島愛氏が、東アジアで信じがたいほどのファンを持っており、特にその全盛期が中国の改革開放時代と重なったことで、膨大な不法ダビング映像が出回り、現在、枢要な地位にある中国人男性のかなりの数が、「飯島愛」という名に特別な感情を密かに抱いている、というようなことも、東アジアの平和の樹立には、重要な役割を果たしているはずだ。氏がそれほど国を愛しておられるなら、飯島愛氏のお墓にも献花なさったらどうだろうか。

私はもちろん、ハードウェア的な戦力に、国防上の意味がない、などとは言っていない。そういうものが重要な役割をはたすことは当然にあろう。しかしそれは、ソフトウェア的な戦力と合理的に組み合わせられ、その文脈の上で設計され、使用されてこそ意味がある。それは、第一次世界大戦が「総力戦」であった、という事実で既に明らかである。国防は、軍隊だけでするのではなく、国家の総合的な力によって行わざるをえない、というのが「総力戦」という戦争の形態である。しかもその考え方は、ドイツで有力であったように、国防のために国家の総力を動員する、という軍事力中心の短期決戦的発想が間違っていたことは、ドイツの二度の敗戦で明らかになっている。答えは、国家の総合的な力が上回るほうが、軍事的に劣っていてさえも勝つ、という意味だったのである。日本は軍事的に中国を圧倒していたが、結局は負けてしまった。その事実から学ばずに、どうやって国を守るというのだろうか。

こういうことはケインズの『平和の経済的帰結』の出た1920年代から優れた知識人の間では明らかになっていたのであり、それを今頃、

国防=軍隊

などという、極めて素朴な、既に、第二次世界大戦の段階では幻想に過ぎないことが明らかであった妄想を、今頃、恥ずかしげもなく振り回すのは「世間知らずの小理屈」でなくて何であろうか。

現代の戦争の主力は、ハイテク兵器と自爆テロと情報戦とである。激烈なサイバーアタックを受けた場合に、柔道剣道水泳で身体を鍛えて、どうやって闘うというのか。自爆テロが原子力発電所を狙うかもしれないという情況で、どうやってそれを未然に防ぐというのか。このような戦争の知識の欠如した方に、「国家観」がどうのこうのと、言ってほしくない。

それ以上に私が気に入らないのは、このような暴論に、私がこの上なく尊敬する孔子を持ち出すことである。孔子の偉大さは、人間というものの本性を見抜き、暴力に依存しない秩序形成の本質を、鋭く抉り出したことにある。加地伸行教授の『論語』論は、残念ながらそういう本質を完全に見落としている。拙著『生きるための論語』(ちくま新書)を出版するために校正しているところなので、それが出たら、コーヒーでも飲みながら、論語を読みなおして欲しい。


=====================
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120226/plc12022603110000-n1.htm

立命館大教授・加地伸行 9月入学前に自衛隊入隊
2012.2.26 03:11 (1/2ページ)

 40年前、私は台湾に留学した。暑かった。わけても7月はすごかったが、驚いたことに、その時期に大学進学のための全国統一試験が、国家によって行われていたのである。

 台湾の大学は、国・公・私立を問わず、この試験だけで入試の合否を決めるので、親も子も必死。

 試験当日、付き添いの親がたくさん来ていた。昼食の用意をしてだ。しかし、会場側では付き添いのための休憩室などまったく準備しないものだから、炎天下、親たちは日陰を少しでもと求めて、あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。

 そこでこんな名句がある。受験を「考(こう)」、肉などを食べるために熱い火であぶることを「●(こう)」と言うが、中国語の発音でもともに「カオ」なので、「学生(スエシェン) 考(カオ)、父母(フームー) ●(カオ)」と。 そんな暑いときになぜ入試をするのかと言えば、欧米の場合と同じく9月入学だからである。

 日本は4月入学であるが、東大が欧米などに合わせて9月入学にしたいと発議した。早速、諸大学が賛否いろいろ反応した。これから議論が深まってゆくことであろう。

 ところで、その反対論を読んでみると、入試が2月・3月なので9月入学までの約半年の空白をどうするのか、授業料はどうなるのか、就職期との関係はどうなるか等々、手続きや制度やゼニカネの話がほとんどであり、国家的な観点はない。賛成論があったとしても、東大が言っているような〈国際化〉などという外国に合わせた話にすぎない。

 私はまったく別の観点で9月入学に賛成し、こう提案する。空白の半年間は、自衛隊に正規入隊せよと。

 国立大学の教員・学生は、いったいだれのお蔭(かげ)で研究・教育の場を与えられているのか、分かっているのか。もちろん国民の血税のお蔭ではないか。とすればまずは国家に感謝し国家のために尽くすべきである。

 また、外国からの攻撃を受けず、平穏に研究・教育を続けられているのは、自衛隊のお蔭である。

 とすれば、国立大学男女新入生(私学も希望者参加)は、まずは国防の大切さを実感するために、自衛隊において、将校でなく一兵卒として諸訓練を受けよ。そして受験勉強で柔(やわ)になった身体や世間知らずの小理屈を敲(たた)き直せ。

 半年、行軍・柔道剣道・水泳などで身体を鍛え、救命方法やクレーン車を動かせるまでの技術を学び、合宿中多様な友人を作り、国家とは何かを談じ合い日本人の自覚を持て。

 それは、個人の意識・身体の革命となるのみならず、自衛隊の価値、延(ひ)いては国防力を高める。なぜなら〈すぐれた国、日本〉の中心的大学生が国防への認識や覚悟を深めることに近隣諸国は脅威を感じるであろうからである。

 半年後、研修旅行として自衛艦に乗り、北方四島・尖閣諸島・竹島・硫黄島等々を回遊することだ。

 以上のための、公務員としての給与や国費による隊生活費などを出せる法整備や予算などを、防衛相は文科相と合議せよ。コーヒーなど飲んでいる暇(ひま)はない。

 「子曰(いわ)く、〔軍事を〕教えざる民を以(もっ)て(用いて)、〔外国軍と〕戦うは、是(こ)れこれ(民)を棄(す)つと〔同じを〕謂(い)う(意味する)」と(『論語』子路篇)。(かじ のぶゆき)

●=火へんに考
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  1. 2012/02/26(日) 23:05:25|
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  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

大学在学中、2年間陸軍の兵役に行ってきました自分の経験から言わせていただきますと、兵隊とは抑止力と言う名ばかりの金食い虫ですね。しかも人生において最もエネルギッシューな、多感に全ての物事について自由に接すべき時期の若者を澱の中に入れるということは国家の発展と言う側面からしてみると大変な国力の無駄と思います。勿論、加地先生の仰ることも何が言いたいのかも何となく分かるような気もしますが、先生の仰る愛国心と今の現代をいきている私達の思っている愛国心とは必ずしも合致していないような気さえも致します。
本当の意味での抑止力とは加地先生の仰るようなことからは中々生まれてはこないと思います。
  1. 2012/03/30(金) 10:37:29 |
  2. URL |
  3. #n64RtCaA
  4. [ 編集 ]

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