マイケル・ジャクソンの思想

「家政婦のミタ」とマイケル・ジャクソンの思想(2)

このドラマのどこが完璧だというのだろうか。それを説明したい。

このドラマでは二つの悲劇が出遇う。

一つ目は、三田灯の悲劇である。彼女の母親は、完全なタガメ女あるいは Billie Jean であり、心の優しい男をつかまえて、灯を生んだ。しかし疲れきった父親は、灯が川で溺れそうになったのを好機として、溺れて死んだ。この事故は、いわば偽装された自殺だったのである。母親はせっかくのカエル男が死んでしまったので激怒し、その切掛を作った灯を憎んだ。そのために灯は母親に気に入られるためにあらゆる努力をするが、全くの無駄であった。

再婚の相手は、成長した灯に色目を使うような男である。こんな男と結婚するくらいだから、この母親の卑しい心性がわかる。内田春菊の『ファザーファッカー』に描かれているように、こういう男は、恐ろしく危険である。単に色目で済んだのかどうか、疑問であり、灯が、内田氏のような性的虐待を受けていた可能性が高いと私は推測する。

この恐ろしい家庭のなかで、灯にとっての唯一の頼りは、家政婦の晴海さんであった。彼女にもらった最中が、彼女の心に強くしみ込むほどに。そして、あとから生まれた弟にとってのたよりは、灯であった。それゆえ、灯が結婚して家から出ると、弟は死にそうになってしまった。そこでしばしば灯の家を訪れるようになった。

夫は灯の弟を歓迎していたが、弟はやがて灯に関係を迫るようになった。なぜそうなったのであろうか。それはおそらく、灯の家庭もまた、欺瞞と偽装とでできていることに、弟が気付いたからだと思う。その欺瞞性はたとえば、「こどもスターランド」の場面に好く現れている。このしょぼい遊園地でミタがファーストフードのファミリーセットを注文するが、それは阿須田家の子どもたちが食べると、あとで気分が悪くなるようなシロモノなのである。死んだ夫と息子との幻覚がしばしばあらわれるが、それは何か、現実性を欠いた、ステレオタイプの父子である。そしてミタさんが、自分だけしあわせになったら許してくれないだろうね、と話しかけると、二人とも凍りついて返事をしないのである。もし彼らが、本当の愛情で結ばれた家庭であったら、あのようなステレオタイプ性はないはずであり、あんな退屈な遊園地が好きだったりしないであろうし、胸の悪くなるようなファミリーセットにパクついたりしないであろうし、死んでからミタさんを呪縛するようなことはないはずである。

弟が姉に関係を迫ってストーカー行為に及んだのは、せめて姉は本当に幸福でいてほしいと願っていたというのに、それが偽装結婚に過ぎないことを見抜いたために錯乱し、それを破壊するためにであったと考えられる。ミタさんの夫が、弟のそういう行動を知ったら、ストーカーに「やめろ」と言ったって無駄に決まっているのでるあるから、なぜそんなことになるのかを、話を聞かないといけなかった。それは新たな突破口を開いたはずである。しかし彼はそうしないで、「もう来ないでくれ」と言ったのである。それゆえ弟は、完全に絶望し、家に火をつけて、自分も自殺してしまった。

このような恐るべき経験によって三田灯は、ミタさんになった。彼女は笑わなくなったのではない。彼女は、最初から、笑ってなどいないのだ。特別編でミタの夫の母親が、お墓の前で、あいつは愛想笑いを続けているんだろう、というようなことを言っていたが、それはおそらく真実である。ミタがやめたのは、笑顔ではなく、作り笑いなのである。それはまさしく、松嶋菜々子があちこちで浮かべている、あの偽装の笑顔である。

http://www.google.co.jp/search?q=%E6%9D%BE%E5%B6%8B%E8%8F%9C%E3%80%85%E5%AD%90&hl=ja&prmd=imvnsuol&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=u2DyTslkz5CJB_eJobUB&ved=0CDYQsAQ&biw=1743&bih=1079

三田灯はこの恐るべき経験を経て、このような偽装の笑顔がどれほど危険であるかをようやく学んだ。それゆえ、それを放棄したのである。彼女が思い知ったことは、この世間そのものが偽装に満ちており、その狂った世界のただ中では、本当の笑顔が生まれる情況など、ほとんど存在していない、という恐るべき事実であった。

彼女が何度も死のうとして死ねなかったのは、晴海さんの言うように、彼女が生きていることに、何か意味があるからである。その意味とは、彼女がこの恐るべき事実に直面しておりながら、しかしそれでも、本当の笑顔が生まれる可能性のあることを、信じているからである。それゆえ最終回で晴海さんは、「私もあなたの笑顔が見たい。だけど、自然に出てくるのを待つ。」と言ったのである。それは単に三田灯の心が開かれる、という意味ではない。この世界が、人々に本当の笑顔をもたらす、そういう世界になる、という意味である。

(ちなみにこれは『エピソード・ゼロ』を見ないで書いている。あとでチェックしてコメントしたい。)


(つづく)

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  1. 2011/12/22(木) 10:14:37|
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  4. | コメント:2
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コメント

1 ■ありがとうございます。

最終回だけ私も見たのでわからない部分が
ありましたが先生の解説で完璧に理解しました。
なかなか深いところをついたドラマだったのですね・・・

私たちは偽装の世界で笑い満足して人間関係を作っていて本質に立ち向かうこともなく生活して時間を費やしているのですね。

なんだか薄っぺらい人生です。
もっと深い関わりをもてたら楽しいのに何かを恐れてか物質世界の策略かわかりませんが人間同士が語り合わなくて済む世界にしてしまったことを気づかせる内容だったのかもしれません。
職場でも家庭でもそういう人間のふりをする人だらけだと思うと悲しくなります。
  1. 2011/12/23(金) 00:17:53 |
  2. URL |
  3. エボニーエッセンス #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

2 ■Re:ありがとうございます。

>エボニーエッセンスさん

地震と原発危機とがなければ、このドラマも陽の目を見なかったのだと思います。
  1. 2011/12/23(金) 00:28:38 |
  2. URL |
  3. 安冨歩 #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

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