マイケル・ジャクソンの思想

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

福島原発:逃げたら怒る日本人・江戸時代の「役」システムは今も健在。

=========
@pinokipino WN
ドイツ人の男性と日本人の女性のカップルが東京に住んでおり、原発事故を受けて西日本に避難したそう。そしたらなんと女性のご両親が大変お怒りになったと。東京にある責任を放って逃げ出すとは何事か。これを旦那に話すと”動物だって自分の子供を守る事に命をかける。日本、どうなってるんだ?”
=========

というツイッターが流れてきた。これは非常に重要な話である。なぜ日本人が逃げないのか、という世界中が抱いた疑問の答がここにある。

江戸時代に日本社会は、江戸幕府=「公儀」の行う軍事行動を起点として社会を統合するシステムを作った。この軍事行動においてどのような「役」を果すかで「身分」が設定される。

武士 = 軍事行動に直接従事する
百姓 = 人夫として従事する
職人 = 武器を供給する
町人 = 物資・資金調達を担う

という具合である。この「役」を担わない人々は一人前の人間とはみなされない。すなわち、女性・子供・老人・穢多非人・病人・気ぐるい・酒飲み・喧嘩好きなどである。

「役」はまず、「国」(すなわち藩)に対して「国役」が課せられる。それを「郡」に「郡役」として分配する。それが「村」に「村役」として分配され、更に各々の「家」に「家役」として課せられる。それぞれの家の、氏素性のはっきりとした構成員が、家役を果すことで、家は守られる。役を果すために死ねば、息子が継ぐ。役を果たさずに逃げれば、家が潰されてしまう。それゆえ、各人の命よりも、家の「役」の方が大切である。

このシステムは、実のところ、現在でも作動している。大都市でも会社、特に大会社はこのように運営されている。「本社」の発する社命が、「事業部」「部」「課」「係」と降りてきて、個々人に「役」が配分されるのである。命がけで役を果たせば一人前とみなされ、いい加減にやっていると「役立たず」と言われて「村八分」にされる。そういう会社では今でも女性は無縁者である。

また、公儀とそれに関連する企業は、非常に安定していると考えられ、そこに就職すると「役人」扱いとなる。どこにも所属していない人は、その人がどんなに有名であったり、成功していても、正常な人間とは見なされない。たとえば、漫画家はどんなに名前が売れても、住宅ローンを組めない。どんな下っ端役人でも、銀行は喜んで住宅ローンを貸してくれる。

どこかに所属しない人は、「無縁者」と見なされている。「派遣」というのは「穢多非人」と同じくらい厳しいレッテルである。一度でも派遣会社に登録してしまうと、普通は、二度と、正社員になれない。大企業が「派遣」を「正社員」に取り立てると、ニュースになるのはそのためである。それはちょうど、功績のある百姓町人に「苗字帯刀」を許すような感じである。

とはいえ、無縁者だからといって社会から排除されているのではない、という点に注意すべきである。無縁者は確かに有縁者とは扱いが違う。その意味で差別されている。しかし、「お役御免」であるから、気楽でもあって、自由度が高い。この自由さを日本社会は必要としてきたのである。自由な人間がいないと、何か異変があったときに対応できないからである。無縁者は、単に差別されているのではなく、無縁者として社会に統合されているのである。

江戸時代では、島原の乱を最後に軍役が無くなって、明治維新まで二世紀半にわたって動員が実際にはなされなかった。そのため、時々、将軍が京都に行ったり、日光に行ったりして、練習していたのだが、それもどんどん儀礼化していった。そうやって何のためにやっているかわからない儀礼を、二世紀半にわたって繰り返したので、「統合のための儀礼をやる」ということが自己目的化して重視されるようになったのである。これは現在も脈々と受け継がれており、会社ではコンパやスポーツ大会などで活躍することが出世の秘訣であり、町内でも、ゴミ当番・草刈・盆踊り・消防訓練・PTAなどが統合のための儀礼として重視されている。

このように考えると、上の事件はよく理解することができる。「ドイツ人の男性」というのは普通は「外人」であるから、「無縁者」である。それゆえ両親は娘との結婚にかなり躊躇したはずだ。しかし夫婦縁組した以上は、「身内」と認識することにしてきたのである。

ところが、原発事故を受けて夫婦は西日本に避難してしまった。それは女性の両親にとっては青天の霹靂とも言うべき出来事であった。ドイツ人とはいえ、「一家の主」としての役があり、娘にもゴミ当番などの重要な役がある。それをおっぽりだして逃げ出すとは、「一家の名折れ」であり、「面子丸つぶれ」なのである。

現在の日本では、

「放射能汚染された学校に子供を通わせる」
「放射能汚染された野菜を食べる」
「放射能汚染された水を飲む」

ということが「役」となっている。放射能が「踏み絵」となっているのである。この踏み絵を踏むことを拒絶すると、有縁世界から排除される。それを人々は心底恐れているので、逃げ出したりしないのである。逃げるのは無縁者だけである。

以上が、

”動物だって自分の子供を守る事に命をかける。日本、どうなってるんだ?”

というドイツ人の男性の質問に対する私の答である。

スポンサーサイト
  1. 2011/06/06(月) 15:10:50|
  2. ブログ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
<<福島原発:福島大学若手教員の勇気 | ホーム | 福島原発:東電の処理についての東京証券取引所グループ社長の見解>>

コメント

1 ■福島で起きていること

福島の人が避難出来ない理由が、一度出たら帰る場所がなくなるという。。。。
裏切り者扱いになると聞きました。

まるで放射能の危険にさらされてもそこに居続けることが善であり、避難した人が悪であるかのような雰囲気だと昨日テレビでも報道していましたね。恐ろしいことです。
  1. 2011/06/07(火) 09:15:17 |
  2. URL |
  3. リタ@シカゴ #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

2 ■おもしろい解釈です

なるほどなとおもいました。
ただ、江戸時代といえばまだついこのあいだのことですよね。
そんなときの風習というか制度がいまだに根付いているものでしょうか?
むしろその「役」なる制度がかんたんに根付いたとすれば、
それがかんたんに根付くだけのものが前から、もっと底にあるのでは?
とふとおもいましたね。
日本人の一番暗い、触れてはいけない、ダメな部分が
まだまだ隠されて闇のかなたに横たわっているような気がします。
  1. 2011/09/08(木) 21:32:58 |
  2. URL |
  3. doji #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

3 ■Re:おもしろい解釈です

>dojiさん

尾藤正英『日本文化の歴史』岩波新書をぜひお読みください。役の体系は、応仁の乱後の大混乱の中から、二世紀かけて成立しました。
  1. 2011/09/08(木) 21:58:58 |
  2. URL |
  3. 安冨歩 #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

4 ■尾藤先生面白い!

安冨先生の一連の著書や與那覇先生の『中国化する』を楽しく拝読いたしました。その影響もあり、加えて新書で安い!ので尾藤先生の新書も読んでおりますが、日々、日本社会に感じる閉塞感が、なるほど~~!っと思えました。

また、深尾先生との共著、そして深尾先生ご自身の著書も今後、読ませていただきたいと存じます。わくわくです。
  1. 2012/01/16(月) 21:50:46 |
  2. URL |
  3. kadomaysu #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://anmintei.blog.fc2.com/tb.php/631-3c7b84a3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

最新記事

最新コメント

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

プロフィール

yasutomiayumu

Author:yasutomiayumu
FC2ブログへようこそ!

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
その他
78位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
70位
アクセスランキングを見る>>

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。