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マイケル・ジャクソンの思想

Cry: 泉山真奈美訳 「顔で笑って、心で泣いて〜 」(1)

Visons に出ている Cry の訳詞を見たら、泉山真奈美という人の訳したものが出ていた。Invincible の日本語版に出ているものも同じらしい。この人は訳詞家、黒人音楽ライターなどとして何冊か本を出しており、スラングの辞書も出している。アメリカ語の「知識」は私の数段上、と見てよかろう。

しかし、その翻訳たるや、マイケル思想を全く理解していないことが露呈しているばかりか、アメリカ語の理解としても完全に落第である。翻訳は言葉についての「知識」だけでできるものではないことを示す好例だと思うので、詳しく検討しておきたい。文章の内容を理解して意味を把握する気がないなら、言葉の知識は無用の長物なのである。特に受験生はよ~っく覚えておくように。英語や古文や漢文の勉強は、単語を詰め込んでもダメなのである。

★が私のコメントである。
全体として「誤訳」を通り越して「冒涜」と言って良いほど、無茶苦茶な訳である。訳者は、「直訳ではなく訳詞なのだから、ゲージュツ的に自由に訳しているのだ」と言うかもしれないが、だとすると、出来上がった日本語訳は意味が全くズレている上に、「詩」と呼ぶことは決して出来ない、最低ランクのおセンチな下らないものになっているのが問題である。

はっきり言ってこれではマイケル・ジャクソンの歌ではなく、

「ど演歌」か「アンジェラ・アキ」

である。まぁ、一行一行見ていこう。あまりにひどいので、広く知らせる必要があると考えるので、一般公開にする。知り合いにマイケル・ファンがおられたら、見るようにお伝えいただきたい。

==========

Somebody shakes when the wind blows
一陣の風が吹いた瞬間に、誰かが震えているよ
★when を「瞬間に」と訳すのは意味がズレている。

Somebody's missing a friend, hold on
この瞬間に友達と死に別れた人がいるかもしれない
★ is missing を「死に別れた」とは完了に訳してはいけはい。
★「かもしれない」に相当する助動詞、副詞はない。

hold on
そんな時は、しっかりしなくちゃダメだよ
★hold on は歌の「合いの手」であって聴いていいる人に向けられているのであり、「友人と死に別れた人」に対する呼びかけではない。

Somebody's lacking a hero
憧れの対象になるようなヒーローが周りにいなくて
★「憧れの対象になるような」という形容句はない。
★「周りに」という副詞もない。

And they have not a clue
問題の解決の糸口さえ見つけられない人もいるのさ
★「さえ」に相当する副詞はない。
★「いるのさ」に相当する助動詞はない。

When it's all gonna end
いつになったら、そんな世の中が終わるんだろう?
★「世の中」に相当する名詞はない。
★when 以下は疑問文ではなく、前の行の続きで、when は疑問詞ではなく接続詞。

Stories buried and untold
本当に知りたいことは、いつも闇に葬られて僕らの耳には届かない
★stories を勝手に「本当に知りたいこと」と訳す根拠はない。
★「闇に~僕らの耳には届かない」に相当する語句はない。

Someone is hiding the truth,
きっと誰かが真実を隠しているのさ
★「きっと」「のさ」に対応する語句はない。

hold on
そんな時は、毅然としてなくちゃダメだよ
★hold on は合いの手。

When will this mystery unfold
この世に溢れる摩訶不思議なことが
いつになったら明かされるんだろう?
★ this mystery は、「指示代名詞の形容詞用法+単数名詞」であるから「この謎」であって、「この世に溢れる摩訶不思議なこと」と漠然とした多数に訳してはいけない。

And will the sun ever shine
In the blind man's eyes when he cries?
光を失った人が涙を流す時
その頭上にも太陽が降り注ぐんだろうか?
★shine in the .... eyes は「頭上」ではなく「目の中」あるいは「目に」。
★shine は「輝く」であって、「降り注ぐ」ではない。

You can change the world
(I can't do it by myself)
そんな世の中を変えることができるんだ
(僕だけの力じゃ無理だよ)
★ I を「僕」と訳すなら、you を訳すべき。この対比は重要。

You can touch the sky
(Gonna take somebody's help)
あの大空にだって手が届くのさ
(誰かの助けが必要なんだ)
★この行だけは合格。

君だって、神様に選ばれし人間なのさ
(だったらその証が欲しいよ)
You're the chosen one
(I'm gonna need some kind of sign)
★「だって」に相当する語句はない。「君は」が正しい。
★ you を「君」と訳すなら、I も訳さねばならない。この対比は重要。
★「だったら」に相当する接続詞がない。
★ some kind of を訳していない。

今夜、僕ら人間がいっせいに泣いたなら、この世は変わるのかな?
If we all cry at the same time tonight
★we を「僕ら人間」と勝手に「人間」をつけてはいけない。
★「この世は変わるのかな?」というおセンチな節を勝手につけてはいけない。

(つづく)
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  1. 2011/01/31(月) 20:00:00|
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  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:11
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コメント

1 ■無題

英語がまったく解らない人にとって
目にした和訳者の解釈が絶対になってしまいます、どれを信じたら良いんでしょうか?
永遠にマイケルの本心での和訳を私達は知ることは出来ないのですか?
先生が訳していただけると嬉しいのですが・・・
いかがでしょうか?
お時間がありましたら よろしくお願いいたします
自分の生まれが英語圏だったらと こういうことに出くわすと いつも思います
  1. 2011/02/01(火) 13:38:29 |
  2. URL |
  3. HIRO #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

2 ■Re:無題

>HIROさん

まぁ、そうなんですが、英語圏の人も、マイケルの曲の意味を頭で理解できている人は少数です。そもそも、大半の人が真剣に歌詞を聞いていません。

それに、マイケルの音楽をしっかりと受けとめれば、メッセージは魂にとどいていると思います。私が曲を解釈するときも、まずは音楽を聴くことに集中して、そこで感じたことをもとにして、オモムロに英語を見ています。

私の解釈でさえ、私が感じたことの表現に過ぎないのであって、これを鵜呑みにはなさらないでください。音楽を真剣に聞くことが大切で、私の翻訳など、オマケようのなものです。

私が怒っているのは、こんな不誠実なもので、お金を貰って平気な人の神経が、マイケルの批判している精神そのものだからです。
  1. 2011/02/01(火) 20:07:18 |
  2. URL |
  3. 安冨歩 #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

3 ■無題

とても分かりやすかったのですが、この元となっている訳は、意訳の度合いを越えているのでしょうか?

失礼ながら自分はまだ高校生なのですが、多少解釈を入れて訳してもいいのでは(特に歌詞では)と思っているところがあるので、この泉谷さんの訳もパッと見、間違いではないかなと思ってしまうところがあるのです。

確かに先生がご指摘されているように文法的に間違っている箇所は多くあり、勝手な解釈を含んでいるとは思うのですが、この訳はマイケルの尊厳を汚す程の訳なのでしょうか?

異を唱える訳ではありませんが、解釈はそれぞれ違っていても仕方ないことで、この方がマイケルを汚すように適当に訳を書いたとも言い切れない気がしまして…。

僕の知識不足なのでしょうが、
意訳というのは、どの程度まで許されるのでしょうか?
  1. 2011/02/01(火) 21:35:59 |
  2. URL |
  3. MASA #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

4 ■Re:無題

>MASAさん

翻訳とは何か、という問題ですが、それは外国語の文章を読んで、理解したことを、正確に母国語で表現する、ということだと考えます。この場合、「どれだけ原文を理解したか」「どれだけ正確に母国語で表現しえたか」が問題になります。

いわゆる「意訳/直訳」という概念はこの観点からすると、そもそも少しおかしいのです。外国語の単語をそのまま母国語に置き換えることを「直訳」と言いますが、それでは意味は通じません。これに対して「意訳」というのは、「原文を無視して適当に訳すことの正当化」という意味に過ぎないことが多いのです。

このような使い方の場合、「意訳」も「直訳」も、誤訳です。ですから「許される意訳の範囲」というものはありません。そういう考え方がそもそも間違っているのです。

泉谷氏の場合、「意訳」という言い訳すら通用しないような、ハチャメチャな訳だと私は判断します。なぜかというと、原文への尊重が感じられないからです。これは原作者に対して失礼なので「冒涜」と表現しました。

尚、私も「直訳」と言う言葉を使うことがありますが、これは、「日本語に訳し切れない表現なので、そのまま訳して、あとで説明します。」というような意味です。

たとえば "the scales drop from one's eyes " という表現を考えましょう。この表現は、元々は日本語にありませんでしたから、「目から鱗が落ちる」と訳すのは「直訳」で意味が通じませんでした。

しかしそれに関する説明が浸透したので、現在ではもはや意味が通じるようになりました。そうすると、これは直訳ではなく、立派な翻訳になっています。
  1. 2011/02/01(火) 21:51:05 |
  2. URL |
  3. 安冨歩 #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

5 ■Re:Re:無題

追記:
つまり、「許されるかどうか」は、原文に敬意を払っているかどうか、の姿勢について問われます。

訳す以上は、敬意を払わねばならず、敬意を払えないような文章は訳してはいけないのです。後者をやると「冒涜」になります。

敬意を払ったけれど、外国語が下手でうまくやくせなかったときは、ごめんなさい、です。
  1. 2011/02/01(火) 22:15:54 |
  2. URL |
  3. 安冨歩 #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

6 ■ありがとうございます。

>安冨歩さん

良く分かりました!
詳しいご説明して頂いてありがとうございました。

この訳はマイケルに敬意すら払っていないということなのですね。

大変勉強になりました。
ありがとうございますm(_ _)m
  1. 2011/02/02(水) 08:26:18 |
  2. URL |
  3. MASA #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

7 ■Re:Re:Re:無題

>安冨歩さん MASAさん
解りやすい説明ありがとうございます
英文から和訳って本当に難しいそうです
先生が言う、敬意とは 彼女の和訳の何処から読み取れないのかは、私は解りませんが???
一番いいのは、彼が曲に対して説明してくれるのが一番・・・だけど 夢がなくなっちゃうかな(汗)
MASAさんが言う説も とてもうなずけます
私も、音はしっかり聴いて 大体の和訳把握と声のトーンを聴いて音楽を楽しんでたけど やはり彼自身のメッセージを読み取ろうとしたのは、つい最近の事で・・・自分の音楽に対する認識が180°変わりました。自分で作詞作曲するアーティストって 芸術家なんだって思いました、情熱的だし これからはしっかり その歌を歌う人物の事も知った上で 音楽を楽しみたいと思いました。脱線しましたが 彼の音楽を少しでも理解出来て 良かったです。


  1. 2011/02/02(水) 10:39:17 |
  2. URL |
  3. HIRO #79D/WHSg
  4. [ 編集 ]

BADの訳もされてる方の話ですよね?

某所で、「これは酷い」だとか「いや、正しい」とやり合ってるのをみて
自分に英語は辛うじて読める程度の能力しかないのがいけないんですが
どっちなんだろうと思っていたところ、同じ意見が見つかって良かったです。

英語の歌は、聞こえを良くするために一見すると意味不明に単語を並べてたりするので
曲の世界観を掘り下げる事が大事なんだと自分も思います。
  1. 2013/03/04(月) 02:12:35 |
  2. URL |
  3. Sugari #sYatfem6
  4. [ 編集 ]

はじめまして。
先生の仰る事はよく分かりますし、泉山氏の訳詞に問題が多いのは事実でしょう。
では、先生ならばどういった訳をお考えになりますか。
その模範解答を示して頂ければ、尚の事幸いに存じます。

例えば、冒頭の
"Somebody shakes when the wind blows"
は教科書的に直訳すれば通常、
「風が吹く時に誰かが震える」
になると思います(これも先生的には間違っているのかも知れませんが)。
しかしこれでは情緒もへったくれもないですよね。
そこであえて現在形の"blows"を現在完了形の"has blown"と捉え、
"shakes"を現在進行形の"are shaking"に置き換え、
"when"という関係副詞を"in which"的なものに代替し、
仮に、「風が吹き荒ぶ中、誰かが震えている」
と意訳した場合、先生的には明確な誤りだという事でしょうか。
私も多少翻訳関係の仕事を経験致しましたが、
これで「マイケルの意図が分かっていない」
「酷い誤訳だ」等と云われてしまうと手の打ちようがありませんので、
是非模範例をお示し頂ければ幸いに存じます。
  1. 2013/09/18(水) 17:05:54 |
  2. URL |
  3. Gen #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

http://ameblo.jp/anmintei/

こちらに登録していただければ、そこで全訳を提示しています。
  1. 2013/09/18(水) 18:39:45 |
  2. URL |
  3. yasutomiayumu #-
  4. [ 編集 ]

専門家の議論とは

このような議論には問題点が二つあると思います。
(1)複数の専門家が関与してこないこと
当ブログでも(私もそうですが)、英文訳詞家ではありません。
一人の専門家(場合によっては、自称)と素人の意見交換になってしまいます。
法律問題や歴史の問題が議論になるときも、半玄人や半素人がワイワイやっているだけです。本当のプロは通りすぎてしまうようです。ネットの限界でしょうか。

(2)あと一つは、ネットで他者(この場合、職業専門家)を批判するときの礼節です。相手の人格を否定するような表現は避けなければいけません。地動説を持ち出すまでもないでしょうが、多数の人が正しいと信じていることでも、誤りはあり、批判する側もまた誤りを犯す可能性は否定できないのですから。

  1. 2014/02/23(日) 11:06:05 |
  2. URL |
  3. 空飛ぶネコ #-
  4. [ 編集 ]

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