ディスカバー21から、『超訳 論語』を出版してからはや数年が経過した。この本は、韓国語と中国語(香港)とに翻訳され、ダイジェスト版がローソンで販売される、という、私の本にしては珍しい幸運児であった。この流れで、「老子」を書いて欲しい、というご要望があり、ようやくその原稿を書き上げた。いま、ゲラが出るのを待っているところである。
『論語』は抄訳であったが、『老子』は全訳である。なぜなら、論語の方は一貫して読もうとすると、どうしても、二割程度、読めない箇所があったのに対して、老子のほうは、ほぼ全体を一貫して読むことに成功したからである。そして、私が取り組むときに予想していたとおり、老子は、論語の理論的バックボーンになっている。両者を合わせてお読みいただければ、老子の描き出すような世界観に基いて、論語の倫理が展開されていることを、理解していただけるものと思う。
ここのところ、ブログの更新を放置していたのだが、同書の発売にあわせて、老子についての考えを少しずつ書いていこうかな、と思っている。
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- 2017/05/09(火) 23:15:06|
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今 『バカボンのパパと読む「老師」』いう本で老師の教えに触れている最中です。
大変興味深いです。
今後のブログで記事を読めるのが楽しみです。
今 止まっているようですが、可能であれば
マイケル・ジャクソンのメンバー限定記事、読ませて頂きたいです。
よろしくお願いします。
- 2018/01/14(日) 03:10:13 |
- URL |
- M's #8rQLDxkE
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