マイケル・ジャクソンの思想

You Rock My World :  泉山真由美訳

さて、歌詞カードの訳を☆まみ☆さんが送ってくださった。一部分だけまみさんのブログで見たときは、???と思ったのだが、全文を原文と見て照らし合わせてみると、Cry ほどひどくはない。

私の訳は、いわゆる「直訳」なのだが、これは「意訳」である。その解釈は、さほどの間違いはない。こういう純愛モノの歌は、それ自身としては意味に重層性がないので、意味が理解しやすいのだと思う。たとえば、冒頭の

=========================
My life will never be the same
Cause girl you came and changed
=========================

を私は、

=========================
私の生活は以前と同じでは有り得ない。
なぜなら、君よ、君が現れて、変えたから。
=========================

と訳したが、歌詞カードでは、

=========================
僕の毎日が全く別のものになってしまったんだ
ガール、君が目の前に現れて以来
=========================

となっている。原文の前半は、助動詞 will を使った未来形だから、本当に直訳すると、「私の生活は全く同じでは決してないだろう。」となる。これではあまりにも日本語として恰好が悪いので私は、「以前と同じでは有り得ない。」と訳した。これに対して泉山訳では、「全く別のものになってしまった」と完了に訳しているので一見したところ誤訳に見えるが、そのあとに「んだ」を付けていることで時制が現在に戻っている。未来形というのは、本当は「現在における未来に対する予測あるいは意志」ということなので、日本語訳としてはこれで構わないのである。

どうしてもおかしい、と言わざるを得ないところだけ挙げておいた。

=========================
Ooh it feels so right, girl
泉)OOh、今こそ生きている実感がわいてくるのさ
⇒It feels so right は、とってもいい感じがする、ということで、「今こそ」も「生きている実感」も「わいてくる」も、該当する単語がない。

I've searched for the perfect love all my life
泉)これまで、生きてきて汚れのない愛をずっと捜し求めてきたけれど
⇒the perfect love を、「汚れのない愛」と訳すのは、やりすぎ。

???????
泉)君が目の前に現れて、僕は生まれ変わったような気分なんだ
⇒該当する歌詞が見当たらない。何を訳したのだろう?

In time, I knew that love would bring
Such happiness to me
泉)誰かを愛すれば そのうちきっと僕のもとにも幸せが訪れると
  そんな気がしていたんだ
⇒In time が訳されていない。
⇒love 一単語を「誰かを愛すれば」と訳すのはやり過ぎ。
⇒I knew は「そんな気がしていた」ではない。

I tried to keep my sanity
泉)そのときまで自分がしっかりしなくちゃと、頑張ってきたよ
⇒「そのときまで」は in time の訳かもしれないが、これは別の文なのでこっちに持ってきてはいけない。
⇒sanity は「健全さ」であって、「しっかりしなくちゃと、頑張る」ではない。頑張ってしっかりしているようでは、健全とは言えない。

I've waited patiently
泉)その瞬間が訪れるのを辛抱強く待っていたのさ
⇒「その瞬間が訪れる」に該当する言葉がない。

And girl you know it seems
My life is so complete
泉)ガール、君と出会ってからは
  僕の人生がバラ色に輝き始めたよ
⇒「君と出会ってからは」に相当する言葉がない。
⇒ is so complete は「とっても完全である」であって、「バラ色に輝き始めたよ」ではない。
⇒ it seems が訳されていない。

A love that's true, because of you
Keep doing what you do
泉)君のお陰で 真実の愛を得られたんだからね
  だから、今のままの君でいて欲しいんだ
⇒「真実の・・・を得られた」に該当する言葉がない。
⇒ doing what you do は、「あなたがやっていることをやれ」であって「今のままの君でいて」ではない。

I feel the magic all in the air
泉)僕の周りに目に見えないない魔法が漂っているのを感じているのさ
⇒「僕の周りに目に見えないない」に該当する言葉がない。

=========================

まぁ、CRY に比べれば随分マシであるが、しかしこうやってリストアップしてみると、
こんなに欠陥があるのは、金を貰ってやる仕事としては、やはり落第と言わざるを得ない。

全体の雰囲気を私の訳と比べていただいて、どちらがマイケルの歌にフィットしていると思われるか、正直なところを教えて頂けると幸いである。


=============泉谷訳(☆まみ☆さん入力)=======
僕の毎日が全く別のものになってしまったんだ
ガール、君が目の前に現れて以来
僕の歩き方も話し方も変わってしまったからね
君へのこの思いは何なんだろう?
自分でも説明できないよ
けれど、ガールぼくは真剣なんだ
だから僕のそばにいて、僕の夢をかなえて欲しいのさ
僕も君を満たしてあげるよ

OOh、今こそ生きている実感がわいてくるのさ
これまで、生きてきて汚れのない愛をずっと捜し求めてきたけれど
OOh、今度こそ
僕が求めてきたそんな愛を遂にみつけたような気がするよ

コーラス
君とであって、僕の人生は一変したよ
君のためなら、僕の全てを捧げてもかまわない
この世にまたとない愛をこの僕がみつけられるなんて
誰も想像できなかったはずさ
君のような女性が僕のものになってくれるなんて 信じられないよ
君が目の前に現れて、僕は生まれ変わったような気分なんだ

君のために 能うかぎりのものを捧げよう
決して見つけられないと思っていた愛に僕が巡りあうなんて
一体誰が想像しただろう?
君のような女性を僕のものだと声を大にして言えるなんて
夢にも思ってなかったよ

誰かを愛すれば そのうちきっと僕のもとにも幸せが訪れると
そんな気がしていたんだ
そのときまで自分がしっかりしなくちゃと、頑張ってきたよ
その瞬間が訪れるのを辛抱強く待っていたのさ
ガール、君と出会ってからは
僕の人生がバラ色に輝き始めたよ
君のお陰で 真実の愛を得られたんだからね
だから、今のままの君でいて欲しいんだ

Ooh,今こそ生きている実感がわいてくるのさ
これまで、生きてきて汚れのない愛をずっと捜し求めていたけれど
Ooh,こんなにも素晴らしい愛を僕が見つけられるなんて
誰も思っていなかっただろうな

コーラスx2

ガール、君へのこの思いは愛以外の何者でもないよ
僕の周りに目に見えないない魔法が漂っているのを感じているのさ
ガール、どんなに愛していてもまだ君を愛したりないんだ
だから、どんな時も君とこうして寄り添っていたいのさ

コーラスx4



=========ここから安冨訳==========

My life will never be the same
Cause girl you came and changed
The way I walk, the way I talk
I cannot explain
These things I feel for you
But girl you know it's true
Stay with me, fulfill my dreams
And I'll be all you need
Ooh it feels so right, girl
I've searched for the perfect love all my life
All My Life
Ooh feels like
I have finally found a perfect love this time
I have finally found, Come on girl



私の生活は以前と同じでは有り得ない。
なぜなら、君よ、君が現れて、変えたから。
私の歩き方、話し方まで。
私が君について感じるこういったことを、
どう説明したら良いかわからない。
しかし、君よ、わかるだろう、それは真実だ。
私と共にいて。私の夢をかなえて。
そうすれば私があなたの必要とするもの全てとなる。
(Ooh)その通りなのだ。君よ。
人生をかけて私は、完全な愛を探してきた。
人生をかけて。
(Ooh)今度こそ、
わたしはついに、完全な愛を見つけたように感じる。
ついに見つけた。さあ、君よ。

[CORUS]
You rocked my world, you know you did
And everything I own I give
The rarest love, who'd think I'd find
Someone like you to call mine
You rocked my world, you know you did
And everything I own I give
The rarest love, who'd think I'd find
Someone like you to call mine

君は私の世界を揺さぶった。わかるだろう、君が揺さぶった。
そして私は、私の有する全てを与える。
最も稀有な愛。君のような人を私が見出し、
私のものと呼ぶようになると、誰が思っただろう。
君は私の世界を揺さぶった。わかるだろう、君が揺さぶった。
そして私は、私の有する全てを与える。
最も稀有な愛。君のような人を私が見出し、
私のものと呼ぶようになると、誰が思っただろう。

In time, I knew that love would bring
Such happiness to me
I tried to keep my sanity
I've waited patiently
And girl you know it seems
My life is so complete
A love that's true, because of you
Keep doing what you do
Ooh think that I (girl)
Finally find the perfect love I search for all my life
Search for all my life
Ooh who'd think I'd find
Such a perfect love that's awesomely so right
Oooh, girl

いつの日か、愛がこんな幸福を、
私にもたらすと、信じていた。
だから私は自らの健全さ(sanity)を維持しようとしたのだ。
私は、我慢強く待った。
そして、君よ、わかるだろう、
私の生活は全く完全となったように見える。
ひとつの愛。それは真実だ。君のおかげで。
君のすべきことをやり続けよ。
(Ooh)考えてもみよ、君よ。
ついに、人生をかけて探してきた、完璧な愛を見出す。
人生をかけて探して。
(Ooh)恐ろしいほどすばらしい、そんな完全な愛を、
私が見出すと誰が思っただろう。
(Oooh, girl)


[CORUS] x 2

And girl, I know that this is love
I feel the magic all in the air
And girl, I'll never get enough
That's why I always have to have you here
Hoooh!

そして君よ、私にはわかる、これが愛なのだ。
私は、大気が魔法に満ちるのを感じる。
そして君よ、私は決して満足しないよ。
だから私は、いつも君にここにいてほしいのだ。
(Hoooh!)

[CORUS] x 4




(了)
スポンサーサイト
  1. 2011/02/19(土) 20:00:00|
  2. ブログ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

Cry 再論: 自らへのレクイエム

大西氏の訳に「決起集会」みたいだ、と文句をつけてから、

If we all cry at the same time tonight
もし今夜、我々が同時に涙を流すなら。

という私の訳はまるで

お葬式

みたいだ、と自己ツッコミを入れてしまった。それからよくよく考えると、

このような安心立命の世界に到達するには、マイケルに"I love you!" と呼びかければ良いのである。そうすればマイケルは、"I lov you, too!" と応答してくれる。身体という制約を離れ、地球規模の人格へと飛翔した彼は、いまや世界のどこにいる人にも応えることができる。

====================
And when all calls
I will answer all your prayers
そして皆が呼ぶとき、
私は、あなた方すべての祈りに応えるだろう。 
====================


と自分で書いたことを思い出した。つまり、この曲のなかでマイケルは既に、肉体の制約を離れているのだ! ということは、この曲は、

マイケル・ジャクソンによる
マイケル・ジャクソンへのレクイエム


ということになる。そう思うと、

Somebody's missing a friend, hold on
Somebody's lacking a hero
誰かが、ひとりの友達を失いつつある。
誰かが、英雄を喪失しつつある。

という歌詞の a friend, a hero は、いずれもマイケル自身のことになる。こう考えると、この曲のPVにマイケルが出てこず、誰もが空を向いて立っている理由がよくわかる。PVに出ている人々は、マイケルへのレクイエムの参列者なのだ。



(Cry のPVの高画質映像はこちら)

You can change the world (I can't do it by myself)
You can touch the sky (Gonna take somebody's help)
You're the chosen one (I'm gonna need some kind of sign)
If we all cry at the same time tonight
あなたは世界を変えることができる。(私一人ではできない。)
あなたは天に届くことができる。(誰かの助けがいる。)
あなたは選ばれし者。(私は何らかの印を必要とする。)
もし今夜、我々が同時に涙を流すなら。

Change the world
世界を変えよ。


これはまさに、全てのマイケル・ファンに向けたマイケルの遺言である。
  1. 2011/02/07(月) 20:00:00|
  2. ブログ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:7

翻訳について(3) 合いの手

泉山氏も大西氏も、なぜか "hold on" という合いの手を地の文として訳すという誤りを犯している。これはどういうことかというと、たとえば「炭坑節」という民謡で、

月が 出た出た~ 月がぁ 出た~、ぁヨイヨイ

というフレーズの「ぁヨイヨイ」の部分が「合いの手」である。Cry の

Somebody's missing a friend, hold on

というフレーズでは、"Somebody's missing a friend" が「月が出た出た月が出た」に相当し、"hold on" は「ぁヨイヨイ」に相当する。

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/7211/popularsong/tanko.html

に炭坑節の英語訳が出ているが、

The moon has come out, come out the moon (a yoi yoi)

とカッコに入れて、a yoi yoi と訳さずにそのままにしている。これが合いの手の正しい処理である。

それゆえ、マイケルの歌詞を訳すときも、正しくは、訳さないで、「ホードーン」あるいは "hold on"とそのままにするのが良い。他にも、"baby" とかそういうのも同じで、訳さないのが良い。

それでも、yoi yoi には、「良い良い」とか、そういう「意味」とも呼べないようなニュアンスがあるので、それを伝えようと余計なサービス精神を出してしまって、私は、「やめないで」とか「お前よ」とか訳しているのだが、地の文には入らないように意味不明に訳して工夫している(つもりである)。

ところが泉山氏に至っては、この区別が全くついておらず、

Somebody's missing a friend, hold on
この瞬間に友達と死に別れた人がいるかもしれない。そんな時は、しっかりしなくちゃダメだよ。

と、完全に地の文だと思って訳している。どうもこの方は、コンテキストというものがうまく把握できないようだ。

「hold on を『そんな時は、しっかりしなくちゃダメだとよ』と訳すとは。。。あなたの翻訳はお見事ですねぇ。マイケルを寅さんにするなんて、あまりにも独創的ですよ。」


と言わざるを得ない。

一方、大西訳は、

友達もいない人がいるんだ。でも負けないで。(注1)

注1:「hold on」は基本的に「そのまま」という意味です。ですから、「(そのまま)待って」という意味や、「(そのまま)持ちこたえて」という使われ方をします。ですから、ここでは後者のニュアンスを少し意訳して、「頑張って、負けないで」としています。

と書いている。さすがに泉山氏ほどあからさまではないのだが、「友達がいなくても、負けないで頑張ってね!」という意味に解しているので、やはり、地の文として訳していることになる。

ただ、大西氏の場合は、Cry の全ての場合について「hold on = でも負けないで」と訳しているので、私と同様にサービス精神を発揮して、「合いの手」であることを理解しつつ、地の文ともニュアンスを接続して、という高度な工夫をしてるのかもしれない。しかし恐らくそれは、誤解を招くので、やめたほうが良かったと思う。

今後は炭坑節の英訳に学んで、合いの手は訳さない、という方針を明確にしたいと思う。

(了)
  1. 2011/02/06(日) 20:00:00|
  2. ブログ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

翻訳について(2)

=================
とても分かりやすかったのですが、この元となっている訳は、意訳の度合いを越えているのでしょうか?

失礼ながら自分はまだ高校生なのですが、多少解釈を入れて訳してもいいのでは(特に歌詞では)と思っているところがあるので、この泉谷さんの訳もパッと見、間違いではないかなと思ってしまうところがあるのです。

確かに先生がご指摘されているように文法的に間違っている箇所は多くあり、勝手な解釈を含んでいるとは思うのですが、この訳はマイケルの尊厳を汚す程の訳なのでしょうか?

異を唱える訳ではありませんが、解釈はそれぞれ違っていても仕方ないことで、この方がマイケルを汚すように適当に訳を書いたとも言い切れない気がしまして…。

僕の知識不足なのでしょうが、
意訳というのは、どの程度まで許されるのでしょうか?
=================

この質問に対して私は以下のようにお答えした。

=================
翻訳とは何か、という問題ですが、それは外国語の文章を読んで、理解したことを、正確に母国語で表現する、ということだと考えます。この場合、「どれだけ原文を理解したか」「どれだけ正確に母国語で表現しえたか」が問題になります。

いわゆる「意訳/直訳」という概念はこの観点からすると、そもそも少しおかしいのです。外国語の単語をそのまま母国語に置き換えることを「直訳」と言いますが、それでは意味は通じません。これに対して「意訳」というのは、「原文を無視して適当に訳すことの正当化」という意味に過ぎないことが多いのです。

このような使い方の場合、「意訳」も「直訳」も、誤訳です。ですから「許される意訳の範囲」というものはありません。そういう考え方がそもそも間違っているのです。

泉山氏の場合、「意訳」という言い訳すら通用しないような、ハチャメチャな訳だと私は判断します。なぜかというと、原文への尊重が感じられないからです。これは原作者に対して失礼なので「冒涜」と表現しました。

尚、私も「直訳」と言う言葉を使うことがありますが、これは、「日本語に訳し切れない表現なので、そのまま訳して、あとで説明します。」というような意味です。

たとえば "the scales drop from one's eyes " という表現を考えましょう。この表現は、元々は日本語にありませんでしたから、「目から鱗が落ちる」と訳すのは「直訳」で意味が通じませんでした。

しかしそれに関する説明が浸透したので、現在ではもはや意味が通じるようになりました。そうすると、これは直訳ではなく、立派な翻訳になっています。

つまり、「許されるかどうか」は、原文に敬意を払っているかどうか、の姿勢について問われます。

訳す以上は、敬意を払わねばならず、敬意を払えないような文章は訳してはいけないのです。後者をやると「冒涜」になります。敬意を払ったけれど、外国語が下手でうまくやくせなかったときは、ごめんなさい、です。
==================

さて、この観点から「泉山訳」と「大西訳」とを比較してみよう。

"the scales drop from one's eyes "

という例で言えば、

「目から鱗が落ちる」

というのが「正しい直訳」とすれば、

「思い込みを打破される」とか「蒙を啓かれる」

とかというのが「正しい意訳」である。どちらも原文を尊重した正しい訳である。これに対して、

「目から定規が落ちる」とか「目から秤が落ちる」

と訳すのは誤訳である。誤訳であるが、「わからなくてごめんなさい」という感じはする。大西氏の訳にある誤りはこういう感じである。一方、

「スケールの大きなアメ玉のような、つぶらな瞳だね」

とか訳すのは、ハチャメチャである。真面目に原文を読む姿勢が感じられない。泉山氏の訳は、こういう感じである。これで翻訳料とか版権をとってレコードを買った人に読ませるのは、ほとんど詐欺である。

私はマイケルの曲を訳すとき、いつも大西訳を参照する。私がわからないところを正しく解釈しておられることがあるからである。全訳は疲れるので、できたら「大西訳を見てください」で済ませたいのだが、掘り下げていくと、残念ながら多少の誤訳がある。それ以上に、曲の受けとめかたが全然違うので、微妙な表現の違いにそれがあらわれるので、やむを得ず、自分で訳すことになってしまう。

そういう経験からして、大西訳については以下のように考えている。

(1) 大西氏の訳には原文への敬意が感じられる。
(2) 氏は、原文の意味を正確に汲みとろうとして全力を挙げている。
(3) マイケルの作品を受けとめることで、自分の考えや感情を動かす用意があると感じる。
(4) しかも、完全にボランティアでなさっておられる。

それゆえ大西訳は、誤訳を含むとはいえ、全体としてマイケルを愛する人々が、その曲を鑑賞する上での大きな手助けになっていると思っている。

これに対して泉山訳はどうか。この訳は、翻訳を試みる際に、何の参考にもならない。それどころか、変な思い込みにつられて、読み間違える危険がある。これに限らず、ジャケットについている訳詞は一般にひどいものが多いので見ないことにしているが、そのなかでも泉山氏の Cry は格別にひどい。

(1) 泉山氏には、原文への敬意が感じられない。
(2) 氏は、原文を材料にして適当な日本語を嵌め込んで「仕事を片づけ」ようとしている。
(3) マイケルの作品を単なる「気分転換」としか受けとめていない。
(4) つまり、自分の世界観や感情を一切動かそうとしておらず、それに合わせるように歪めている。
(5) そのうえ、この仕事でかなりのお金をもらっている。

そういうわけで、私はこの訳詞をマイケルへの冒涜だと感じている。金をもらってやるなら、英語と日本語とに暁通した人に、金を払ってチェックしてもらう必要があると思う。それをやっていれば、こんなひどものにはならなかったであろう。その意味でも完全な「手抜き」である。しかも、何度も増刷されているのだから、直す機会はいくらでもあったはずだが、それをやっていない。これは「ごめんなさい」をしていないことを意味する。

更なる問題は、これが泉山氏にとどまらず、日本語版の歌詞カードの大半に及んでいる、ということだ。相当の歌詞が、同じ水準のひどい訳である。これは、もはや訳者だけの問題ではなく、ソニーのやりかたがおかしいことを意味している。聞くところによると、ポップの訳詞やライナーノートは、どれもこれも似たようなとんでもない水準のものらしい。CD業界自体が音楽家とファンとをナメているということになろう。


(つづく)
  1. 2011/02/05(土) 20:00:00|
  2. ブログ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

翻訳について(1)

泉山氏の Cry の翻訳についての記事で、いくつか質問があった。大切なことばかりだと思うので、ここで詳しく御説明したい。

=============

英語がまったく解らない人にとって目にした和訳者の解釈が絶対になってしまいます、どれを信じたら良いんでしょうか?永遠にマイケルの本心での和訳を私達は知ることは出来ないのですか?先生が訳していただけると嬉しいのですが・・・いかがでしょうか?
お時間がありましたら よろしくお願いいたします
自分の生まれが英語圏だったらと こういうことに出くわすと いつも思います

=============

マイケルの作品を理解するのに、英語力が不可欠かというと、そういう必要はない。何より大切なことは、彼の作品を全力で感じることだ。マイケルの目的はおそらく、理解されることにあるのではなく、それを聴く人の人生をより豊かな、生きるに値するものにすることにある、と私は思う。それは、このブログで延々と論じて来たことから、立証されるであろう。

彼はむしろ「誤解」されることを望んでさえいた。そうやって、彼の届けようとしたメッセージを拒否するような人にさえ、自分のメッセージを伝えようとしたのだ。意識の防御をかい潜ってまで、聴く者の魂に届けようとする、壮絶なパフォーマンスを、マイケルは人生を掛けて展開した。

この目的からすれば、英語で書かれた歌詞を聞いてすぐ「わかった」つもりになる人は、彼の仕掛けた「罠」に掛かって誤解しやすいはずだ。言葉に騙されるのである。

英語圏の人で、私のようにマイケルを読み解いている人は、いないのではないかと思う。なぜなら、私の解釈は、聴いただけでは<意味がわからない>ことによって、はじめて可能になっているからである。英語を聴いてわかったつもりになってしまう英語圏の人は、ここまで考えられない可能性がある。

私の英語力では、曲を聴いているだけでは、意味がサッパリわからないので、音楽全体を感じることに全力を集中する。そこから感じとったことが私の解釈の主柱である。歌詞はそれから読むのだが、ちょっと読んだってサッパリわからない。他の曲とか、マイケルの発言とかを考慮に入れないと、解釈の手がかりがつかめない。

そういうことを考えてから、また音を聞き、歌詞を見て、ということを繰りかえし、考え抜いて漸く、マイケルが伝えようとしたメッセージが見えてくる。そうしてはじめて、英文の一語一語の意味が浮び上がってくる。そうやって浮び上がった意味を、日本語でどうやって表現するかを考えて、訳文を作っている。

こんなメンドクサイことを、英語ネイティブの人が、やる気になるだろうか? 

また、私の訳文は、私が受けとめたマイケルの曲の解釈を、日本語で表現したものに過ぎない。それゆえ、私のマイケルであって、読者のマイケルではない。それぞれの人の経験や感情や体調などを含む人生と、マイケルの作品との真摯な出会いにこそ意味があるのであって、私のブログや訳詞はそのための手掛かりを提供するに過ぎない。

大切なことは、作品を真摯に受けとめることである。英語がわかるかどうか、歌詞がわかるかということは、二の次である。

(つづく)
  1. 2011/02/04(金) 20:00:00|
  2. ブログ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

Cry: 泉山真奈美訳「顔で笑って、心で泣いて〜 」(3)

People laugh when they're feelin sad
悲しい時でも、人々は顔で笑って心で泣いてるんだ
既に述べたように、「顔で笑って心で泣いて」と訳すと、寅さんか軍歌になる。
★they are feeling sad は「悲しい」と多少ニュアンスが違う。

Someone is taking a life, hold on
自ら命を絶とうとしている人よ、どうか思いとどまってくれ
★take a life は「ある生命を奪う」であって、別に自殺とは限らない。
★なんども言うように、hold on は合いの手で、「どうか思いとどまってくれ」ではない。

Respect to believe in your dreams
自分の夢を信じるという気持ちを、どうか大切にしてほしい
★「気持ち」に相当する単語はない。

Tell me where were you
when your children cried last night?
夕べ、キミの子ども達が泣いていたとき
キミはどこでどうしていたんだい?
★なぜ突然「キミ」とカタカナに?
★「どうしていた」に相当する単語はない。

Faces fill with madness
人々の顔を見れば、その表情は困惑に満ちているよ
★「見れば」に相当する単語はない。
★「表情」に相当する単語はない。
★madness は「狂気」であって、「困惑」ではない。

Miracles unheard of, hold on
奇跡なんて起こるはずもないと言いたげだね でもちょっと待って
★unheard of を「なんて起こるはずもないと言いたげ」と訳すことはできない。
★hold on は合いの手で、「でもちょっと待って」ではな。

Faith is found in the winds
信念は、今ここを通りすぎて行く風の中に隠されているのさ
★is found は「見出される」であって、「隠されているのさ」ではない。
★「今ここを通りすぎて行く」に相当する単語はない。

All we have to do
Is reach for the truth
だから僕らは、
真実を探求しなくちゃいけないんだ
★「だから」に相当する接続詞はない。
★All we have to do の意味は、「我々がなすべきことは~~だけだ」であって、この「だけ」という意味が訳されていない。
★reach は「到達」であって「探求」ではない。

And when that flag blows
平和の旗が風にひるがえるとき
★「平和の」に相当する単語はない。
★ that が訳されていない。

There'll be no more wars
この世に戦争はなくなるんだ
★「この世に」に相当する単語はない。
★ no more が訳されていない

And when all calls
世界中の人々が僕に向かって声を発してくれたなら
★ all は「世界中の人々」ではない。
★「僕に向かって」に相当する言葉はない。
★「くれた」に相当する単語はない。

僕はみんなの願いを聞き届けてあげよう
I will answer all your prayers
★ answer は「応える」であって「聞き届ける」ではない。
★ prayers は「願い」ではなく「祈り」「祈祷」。

Change the world
この世を僕らみんなの力で変えよう
★「僕らみんなの力」に相当する単語はない。


以上のように、合格は1行だけである。全体に、とんでもない訳であって、こんなインチキな翻訳をジャケットにのせて流布させた泉山氏とソニーとの責任は重い。Visons でもソニーはこのまま使っているが、言語道断である。

(了)
  1. 2011/02/02(水) 20:00:00|
  2. ブログ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

Cry: 泉山真奈美訳「顔で笑って、心で泣いて〜 」(2)

People laugh when they're feelin sad
悲しい時でも、人々は顔で笑って心で泣いてるんだ

★この部分が泉山訳のクライマックスである。
泉山氏はマイケル・ジャクソンを寅さんと一緒にしている。「男はつらいよ」の以下の Youtube の2:25 のところから「男というもの、つらいもの、顔で笑って、顔で笑って、腹で泣く、腹で泣く。」という星野哲郎の歌詞があるので参考にしていただきたい。



調べてみたら、「顔で笑って、心で泣いて」という名台詞は、主題歌ではなく、第2作『続・男はつらいよ』で

バカヤロー。顔で笑って、心で泣いてんのよ。
それが渡世人のツレエところよ。


という形で出てくるのだが、原典は以下の軍歌であるらしい。次の映像の 1:20 のところで出てくる。マイケル・ジャクソンを海軍兵学校の軍歌に訳すのは、奇想天外である。



(つづく)
  1. 2011/02/01(火) 20:00:00|
  2. ブログ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

最新記事

最新コメント

カレンダー

01 | 2011/02 | 03
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 - - - - -

プロフィール

yasutomiayumu

Author:yasutomiayumu
FC2ブログへようこそ!

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
その他
80位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
77位
アクセスランキングを見る>>

全記事表示リンク

全ての記事を表示する